古代よりの秘宝  扉は巧妙に隠されていた。  深い森に覆われた山の奥。急な斜面が少し落ち着いて、段差のようになっている。人の背丈の倍ほどある段差。  そこに、木の根と苔に覆われた岩の壁がむき出しになっている。  一見すると、このあたりだけ斜面が崩れたような地形だ。 「ここに間違いなさそうだな」  張りついた木の根と苔を取り除きながら、ライクは手探りで壁を調べている。  その後ろで、明かりの魔法をかけた杖を掲げているのは、相棒のパースリーだ。  日は高いとはいえ、森の中は薄暗かった。 「人の手が加わった場所には見えないけどね。魔力もこぼれていないしさ」  パースリーには自然が作り出したようにも見えるが、ライクの目には人工的な造形として映っているようだった。 「へっ、今まで素通りしてきた奴らも、きっと同じセリフを吐いていただろうな。……見なよ」  ライクの作業が終わり、ごつごつとした肌をさらした壁には、ところどころ欠けたりつぶれたりしているものの、古代の文字が刻み込まれていた。 「……たしかにね。んー……ルーエン、の名も入ってるわ。じゃ、やっぱりここってわけ?」  ルーエンとは古い時代に活躍した付与魔術師のひとりだ。  付与魔術とは、魔力のこもった品を生み出す技術で、彼は優れた魔法の武具を数多く生み出したと伝えられている。  しかし、ルーエンに直接関わる遺跡は、これまで発見されていなかった。  二人が何年かを費やし、大金を払って手に入れたいくつかの情報を、照らし合わせてはじめて見つけられたようなものだ。 「たぶん、こいつが扉だと思う。位置的にも合ってるしな。しっかし、継ぎ目ひとつ見つからねぇってのはどういう事だ? おまえが魔力を感知できないってんなら、機械的な扉なはずなんだがなあ」  盗賊としての訓練を積んだライクならば、たいていの錠前を破ることはできるし、扉を開けるくらいは朝飯前だ。  しかしそれも、鍵穴や蝶番などがあればこそである。 「……扉があるとして、あたしが魔力を感知できない、あんたの手には負えない、とくれば二つしかない」  あんたじゃ見つけられない扉があるか、あたしじゃ見つけられない魔法の扉がる、と。  こころなしかパースリーの顔は敗北感をにじませていた。 「気にくわないけど、二つめだね。……魔法の力は偉大よ。魔法の気配を絶つ魔法だってあるわ」  ライクに代わって、岩壁の前に立ったパースリーが、呪文を唱える。  魔力を感知する魔法だ。ただし今度は、全身全霊を込めた魔法だ。  十分に気を高めてやれば、未熟な者でももたいていの魔法は看破できるのだ。  呪文が完成し、パースリーの目に力が宿る。 「おどろいた。幻影に幻覚に閉門、それに施錠と復元の術か。おまけにやっぱり、断絶に不可視、遮音までがかかってるわ。ひとつの場にこれだけの魔法を込めるとは、付与魔術師ルーエン……さすがね」 「なんかよく理解できねえが、正体がわかったんならさっさと開けちまおうぜ」 「いえ、探索は明日にしましょ。あたし、疲れた……」 「え? おい、ちょっ、ちょっ、こんなとこで寝るんじゃねぇよっ」  術を解いたパースリーの全身からは汗が噴き出し、見るからに披露しているのが分かった。単純な魔法も、力を込めればそれだけ疲労も大きくなる。  半ば気絶するように倒れ込んだパースリー。彼女が会得している中で一番の大魔法にも匹敵するほどの疲れが襲ってきたのだ。  ひっくり返ったパースリーを横目に、ライクはため息をついた。 「魔力の使いすぎってやつか。……ったく、お宝の山を目の前にして、よく寝られるもんだよ」  暗く長い廊下をライクとパースリーは降りていく。  ランタンの明かりが石積みの壁面を照らし、ゆらゆらと二つの影を描きだしている。  遺跡の入り口である扉は、いくつもの魔法によって守られていた。  幻影の魔法を無効化し、幻覚の魔法を解いたとき、はじめてそれがただの木製の扉だということがわかったのである。  魔法で無理矢理こじ開け、復元の魔法によって再び閉じようとする扉に、魔力の流れを停止させる術を施したのだ。 「おい、大丈夫か? へばってんなら、休むか?」  パースリーは息を切らしてる。連続して魔法を使うのは、かなり疲れる作業だった。 「大丈夫よ。あと二つか三つくらいならいけるし、それに、停止の魔法は一時的なものよ。三日もたてば、ほどけちゃうわ」  だから休んでいるわけにもいかないのよ、と二人は探索を進めることにした。  遺跡の中は、湿った空気に満たされているようだった。換気はされていないようだったが、有害なガスなどが溜まっている様子もない。危険なことといえば、罠と怪物の存在だろう。  どちらも侵入者を撃退するために、たいていの建物に配置されている。  もちろん、民家や公共施設だった建造物には、そういったこともないが。  それでも、いかに強い罠や怪物を配置できるかを競っていた時期もあったそうで、なかなか油断はできないのである。  最初に見つけた扉は、樫の木で造られた重厚な両開きのものだった。 「んー、罠……はねぇな。鍵は、っと。……ああ、これならついてないのも同然だな」  ライクが鍵を破り、扉を開けると、そこは何の変哲もない普通の部屋だった。  さほど広くはない部屋で、ソファーやテーブルなどの調度品がいくつかと、一枚の絵画が飾ってあるだけだった。 「応接間……かな? ろくなもんはねぇな」 「そうね、この遺跡自体も、住居に近い造りみたいだし。ルーエンの研究室か、工房だったら情報だけでも高値で売れるんだけどねぇ。……このテーブルでも持って帰る? けっこういい細工してるわよ」  一応、パースリーは遺跡内部の見取り図を紙に記している。  見取り図には、建物の構造の他に、ここで見つけたものを書き加えていく。  こんなものでも、売ればいくらかの値がつく情報となる。 「冗談じゃねぇよ。それだったらあの絵でも持って帰ったほうがマシだぜ。けどな、俺はもっとこう、遺跡に潜ったからには! っていうような、うなるようなお宝が欲しいんだよ」  付与魔術師ルーエンといえば、その名が刻まれた短剣ひとつで家を一軒買えるだけの値がつく。  もちろんルーエンの品は売るだけでなく、身につけているだけでも損のない品だ。  もし、魔法の武具を見つける事が出来れば、それはこれからの冒険に役に立つだろう。 「さて、次の部屋へ移るか」  二つめの部屋は、通路を折れ曲がってすぐの所にあり、扉はなかった。さらに今度は調度品の類もない。  その代わり、天井に数体の巨大な蜘蛛が張りついていた。  蜘蛛は、さっきよりもはるかに広い部屋の一角に、真っ白な巣をつくっていた。こうして、獲物の来訪を待ち受けていたのだろう。 「げっ、どっから入り込んだんだよ!」  二人の侵入者に気づいたのか、全部で四匹の蜘蛛は、それぞれの巣からぞろぞろと這い出してきた。そのどれもが人間に近いサイズだった。球体のような目玉に、ライクの姿が映りこんでいる。 「魔獣ね。生き物だけど、古代魔法でもわりとよくある召還獣よ」  とにかく、襲ってきた以上は倒すしかないようだ。ライクは剣を抜き放ち、一番近くにいた蜘蛛に向かって切りつける。しかし蜘蛛の体は思いのほか固く、かすり傷を与えるだけにとどまった。  反撃とばかりに、蜘蛛は前足を振り回し、そして噛みついてくる。  戦士としても腕のたつライクにとっては単純すぎる攻撃だ。しかし、それも四匹同時となると、十分に脅威である。  たちまちのうちに、部屋の入り口付近で防戦する一方となった。 「パースリー! 早く早く早くっ! なんか魔法使えっ!」  魔法というものはそれほど簡単にかけられるものではない。  呪文や身振りなどといった、所定の手続きが必要になるし、今のパースリーのように疲れが著しいときには失敗することもある。  だから、蜘蛛への攻撃をライクに任せていたのは、魔法をかけるのに十分なくらい気を高めるためだった。  パースリーは、高らかに呪文を詠唱し、杖を振り回す。  呪文は、麻痺する空気を生み出す魔法だ。魔法の空気は、生き物の体にまとわりついて、その自由を奪ってしまう。  しばらくして、蜘蛛たちの動きが鈍くなっていき、やがて完全に硬直した。  ライクは蜘蛛の一匹を蹴っ飛ばしてみたが、転がっただけで反応すらしなかった。 「あら? とどめは刺さないの?」 「無益な殺生はしないタチなんでな。俺達の邪魔さえしなけりゃ、それで十分だろ」 「ふうん。優しいんだね。あたしだったら、火球の魔法で焼き払っちゃうけどねぇ」  二人は再び探索に戻ることにした。  パースリーは、見取り図に蜘蛛の巣あり、と書き加えることを忘れなかった。  もしも今度来たとき、魔力が十分に残っていたら焼き払ってやろうと思いながら。  遺跡は思っていたよりも小さい規模のものだった。  階層もひとつきりで、部屋の数も知れていた。  調べた限り、それらの部屋の扉にも室内にも罠は仕掛けられていなかったし、財宝と呼べるほどのものもなかった。  価値のありそうなものといえば、最初の部屋にあったような調度品の類や、廃棄されたゴーレム兵といったところで、持ち運びの手間を考えるとどうにも食指の動かぬものばかりだ。  遺跡は、住居というよりも、離れ座敷のような印象の建物だった。 「ルーエン作の武具か、研究日誌……せめて、他の建物の手がかりでもないと、大損になるわね」 「まったくだぜ。どこもかしこもシケてやがる。残るひとつの部屋に期待するか」  最後にたどりついた部屋は、これまでとは少し違っていた。  部屋の扉は簡素だが頑丈そうな造りで、鍵だけでなく、罠らしきものが仕掛けてあった。 「パースリー、出来るだけ壁にくっついてろよ」  ライクは、懐から盗賊の七つ道具を取り出し、その場に広げる。  罠は二つあった。  正しい鍵を使わなければ、扉にあけられたいくつもの穴から針が飛び出す仕掛けがひとつ。  もうひとつは、扉につけられた取っ手を押すか引くかすると、何らかのスイッチが入る仕掛け。何が作動するのかまでは、ライクには分からなかった。 「ようするにこの取っ手はダミーだ。取っ手がついているのと反対がわを押せば、この扉は開くってわけだ」 「ふうん、単純な罠ねぇ」 「単純だが、この手の罠に引っかかって死ぬヤツが結構いるんだな。……と、鍵穴のほうはどうしようもないな。無理矢理開けた方が早そうだ」  ライクにも、手に負えない仕掛けというのがある。そういうときは、あきらめるか、作動させてしまうしかない。  針が飛び出すであろう穴は小さく、全部で十ほどあった。それが扉を横切るようにして等間隔でつけられていた。  穴が小さいのは、たぶん毒針か何かで、小さくても十分な殺傷力があるのだろうと思われる。 「当たるとは思わんが、一応しゃがんでいろよ」  ライクは寝ころびながら、鍵穴へ錠前破り用の道具を突っ込んでいく。  針が飛び出す穴にはすでに、布をちぎって詰めてある。万が一、刺さったとき、その威力を殺ぐことができるようにだ。  いくらかの手応えとともに、ライクは罠を作動させた。  何の音もなく、詰めていた布が飛ぶ。  布は二人を飛び越えて、扉の向かい側にあった壁に当たって落ちた。  ライクは、針の先端に触らないようにしながらそれらを拾い集め、厚めの布にくるんで荷物に片づけていく。  盗賊ギルドにもっていけば、罠の研究にも使えるし、未知の毒でも塗ってあれば、魔術師ギルドが買い取ってくれることもあるからだ。 「パースリー、援護は頼むぜ」  罠は解放され、鍵も外された最後の扉を押し開いていくライク。  パースリーも杖を掲げ持ち、何が飛び出してきても対処できるように構えている。  そして、ゆっくりと開かれる扉の向こうに見えた光景に、二人は緊張を解いた。そして、思わず笑みを浮かべていた。  部屋は小さく狭いものだったが、そこには壁といわず床といわず、魔法の輝きを放つ武具で埋め尽くされていた。  おそらく保管庫かなにかとして使われていたのだろう。 「はあーっ、……すげえな。もしかしてコレ全部、ルーエン作かぁ?」  長剣、短剣、槍、戦槌、戦斧、長弓、弩、甲冑、具足、楯……  ありとあらゆる武具の類が、揃っていた。 「おお、この剣なんか俺にちょうどいいサイズだぜ」  ライクは、壁にかかっていた剣のひとつを手にとると、さやに収まったまま、なめ回すように眺めはじめた。  パースリーは、扉の近くにあった棚の中から、薄い冊子を見つけだしていた。長い年月がたっているにもかかわらず、色あせるどころか、たった今インクを走らせたようだった。  冊子の中身は目録だ。部屋に治められている武具の一覧が書かれている。 「ふんふん、狩人神の描かれた楯……は、あれか。矢傷に倒れることなし、ね。こっちの矛は……竜を呼び寄せる? すごいわねぇ」  棚には目録以外にも、いくつかの書類がある。武具の使い方を記したものかもしれない。  自分たちが使うもの以外と全部ひっくるめて売りさばけば、かなりの金額が期待できるだろう。  パースリーの顔も自然とほころんでくる。 「にやにやしてねぇでよ、この剣にはなんかねぇのか? 束に獅子の細工が施してある長剣だ」 「ちょっと待って、獅子獅子獅子……と、あったこれだね。えーっと、眠りの魔法の力を持つ、だってさ」 「眠りの魔法ね、そりゃ俺好みだな。余計な戦闘を避けられる」  魔剣は他にもいくつかあった。  火炎柱の剣や、麻痺毒の剣、魔法封じの剣などだ。なかには、魔獣召還の力が込められた剣もあった。あの巨大蜘蛛を操る剣だろうか?  どれも強力な代物だ。  パースリーはそれを伝えるが、ライクはやはり眠りの魔法剣が気に入ったらしい。 「無用な戦いは避けるのが俺の信条だ。それによ、こいつも他の剣にひけはとらねぇぜ? 戦場で眠っちまうってのは、それは死と同義だからな」  剣の使い勝手を確かめるため、ライクは部屋の外へ出た。通路の方がいくぶん広いからだ。  二、三振り回してみようと、ライクは鞘から剣を引き抜く。  ほのかに白い輝く刃が鞘から解き放たれた瞬間、ライクの体が崩れ落ちた。  声を出す間もなく、全身の力を失った。  それはあまりにも突然で、思いがけない出来事だった。 「ライクッ!」  悲鳴のように、相棒の名を呼びながら、パースリーが駆け寄る。  剣に何か仕掛けられていたのか? それとも呪いがかけられていたのか? 心拍は? 呼吸は?  頭の中に不吉なことばかりが浮かぶ。  半ばパニックを起こしながら、ライクの体を確かめていく。  外傷は、ない。脈も大丈夫。呼吸は浅いが、止まってはいないようだ。  パースリーの耳に、安らかな寝息が聞こえていた。  ライクはしっかりと握っていた。  それは、“眠りの魔法の力を持つ”剣…… 「……ったく、こーんなお宝の山を目の前にして……」 おしまい はれにわ文庫 ブンガ