むかしむかし、あるところに寂れた鉱山がありました。
鉱山は、かつては数え切れないほどのドワーフたちでにぎわっていました。しかし、鉱物の採掘量が減り始めると、ドワーフたちもひとり、またひとりとよその土地へ去っていきました。最後まで残っていたのは、三人兄弟のドワーフだけでした。
ある日のこと。一番年長の長い髭のドワーフが言いました。
「さぁ、聞いてくれ。わしらもこの地を去るときがきた。このままここにいても鉱脈が尽きるのを待つだけだ。みんなそれぞれの旅をはじめるのだ」
「賛成だ!」
そう言ったのは二番目に年長の豊かな髭のドワーフでした。
「でもわしらはどこへ行けばいいのだろう?」
くせ髭のドワーフが不安そうに言いました。くせ髭の末っ子ドワーフです。
「それは自分で決めればいい。あたらしい山を見つけるのもいいし、人間たちの国で暮らすのもいいだろう」
「そうとも。わしらには頑丈な体と強い手足がある。それにどんなところの酒だって飲めるからな」
それから三人はドワーフ仕込みの火酒で旅の出発を祝って乾杯し、互いの無事を祈って何度も酌み交わしました。
「さて、聞いてくれ。ここに親父が残してくれた斧がある。金の斧と銀の斧と、それから鉄の斧だ。わしは金の斧を持っていくことにしよう」
頑丈な木箱に収められた三本の斧を取り出したときから、金の斧を離そうとしなかった一番年長の長い髭のドワーフが言います。
「なぜなら、わしが一番年長で当然ながらこの中では一番えら……」
「わかったわかった。金の斧は兄さんが持っていくといい。わしは銀の斧をもらおう」
三本の斧が取り出されてから、銀の斧からかたときも目を離さなかった、二番目の豊かな髭のドワーフが言います。
「なぜなら、わしがその次に年長で当然ながら二番目に選ぶ権利が……」
「わかったわかった。銀の斧は兄さんが持っていくといい。わしは鉄の斧をもらおう」
三本の斧を見たときに、最初からそうなるんじゃないかなー、と考えていた末っ子のくせ髭のドワーフが言います。
「どうせ、わしが……」
「わかったわかった。今度会ったときにはうまい酒をご馳走してやるから」
「ではさっそく、出発するとしよう」
こうして金の斧と銀の斧を持ったドワーフ二人は、「換金率が……」とか「最近の取引価格は……」などとつぶやきながら、寂れた鉱山をあとに旅立っていきました。
くせ髭のドワーフも鉄の斧を背中に担いで二人のあとを追います。
「こいつを売ったところで大した金額にはならないだろうが、まぁ何か役に立つだろう」
鉱山から伸びる道はやがて、分かれ道にぶつかりました。くせ髭のドワーフは考えます。
「あのふたりのことだ。きっと、近くの仲間が住む街にでも行って、さっそく金銭に交換するつもりだろうな。よし、わしは人間の住む国へ向かうとするか」
ドワーフが人間の住む国へ向かう道を歩いていきます。
しばらくすると、大きな湖が見えました。
「困ったな困ったな」
湖のほとりには、ひとりの男が立ってなにやら困っている様子です。
「何をお困りかしらんが、できることなら何でも言ってくれ」
「ドワーフさんかね。私は湖で素潜り漁をしているものです。じつは湖に重りを落としてしまいました。私は重りがなければうまく潜れないのです。しかし潜らなければ重りを拾いにいけません。もしドワーフさんが泳ぎがうまいのなら、かわりにとってきてくれませんか?」
「うむ。わしは泳ぎは下手なのだが、かわりにこの鉄の斧を貸してやろう。こいつをもって潜ればいいだろう。重すぎるというのならば、ロープをつけていけばいい。わしが引き上げてやろう」
「なるほどそれはいい考えだ。重りを拾ったら合図をします。よろしく頼みますよ。……では!」
ロープを結わえた鉄の斧を持って、湖の底へと男が消えていきます。しばらくすると、ドワーフが握るロープに合図がありました。ドワーフが力を込めて引っ張ると、再び男の顔が湖面に浮かびました。湖から上がってきた男の手にはしっかりと重りがあります。
「ありがとうございます。こうして無事、重りも拾い上げることが出来ました。何かお礼がしたいのですが」
「礼などいらんよ。この斧が役に立ってよかった」
そういって、くせ髭のドワーフは鉄の斧の水気をきれいに拭きとって、湖をあとにしました。
湖から伸びる道はやがて、大きな森の中へと続いています。
森の中を歩いていると、前方に大きな木が倒れていて、道の行く手を塞いでいました。大きく太い幹はドワーフが力いっぱい押してもびくともしません。
しかたなく大きく迂回してやっと道の向こう側に出ると、そこには荷馬車が一台停まっていました。
「困ったわい困ったわい」
荷馬車の傍らには老人が立ってなにやら困った様子です。
「ご老人。どうやら道が通れなくて困っているようだな」
「ドワーフさんかね。見てのとおり難儀しておる。わたしひとりなら迂回も出来るだが。ドワーフの力でなんとかこの倒木をどかせられないかね」
「うむ。さきほど試してみたがこれほどの大木、びくともせん。しかし、いくら大きくともいくつかに切り分けてしまえば、簡単にどかせることができるだろう」
「なるほどそれはいい考えだ。わたしには道具はないが、木片になれば運ぶことを手伝わしてもらおう」
ドワーフは斧を振り上げ、そして振り下ろします。鈍い音がして、木の幹には大きな傷がつきました。満足そうにそれを見やると、続けて斧を振るっていきました。
みるみるうちに、巨大だった倒木が木片へと姿を変えてしまいました。ドワーフと老人は、それらを馬を使って道の脇へと片付けました。
「ありがとう。これで無事に通ることができた。何かお礼をせねばならんのう」
「礼などいらんよ。この斧が役に立ってよかった」
そういって、くせ髭のドワーフは鉄の斧を研ぎなおすと、森をあとにしました。
森から伸びる道はやがて、広い平原へと続いています。
平原のずっと向こうには何やら街のようなものが見えていました。なるほどあれが人間の街だろう、とドワーフはそれを目指して歩いていきます。
「たすけてくれー」
とつぜん叫び声が聞こえ、ドワーフはびっくりしました。声のするほうを見ると、なにやらひとりの若者が見たこともないような怪物に追われていました。
ドワーフの姿に気がついた若者は走りながら叫びます。
「腕に覚えがあるなら、たすけてくれ! 自信がなければあんたも逃げてくれ!」
「あいにく、わしは足が遅い。しかし、力は強いぞ! わしにまかせて、あんたは逃げるんだな」
「なるほどたしかにあんたは強そうだ。よし、俺は剣は振るえないが、魔法なら多少の心得がある。悪いが盾にさせてもらうよ」
怪物は力もあり、なかなかすばしこくて手ごわい相手でした。しかし、ドワーフが鉄の斧を振り回し、若者が魔法を炸裂させると、怪物はすぐに逃げてしまいました。
「ありがとう。なんとかたすかったよ。何かお礼をしようと思うのだが」
「礼などいらんよ。この斧が役に立ってよかった」
「そうかい。それにしてもあんた強いんだな。どうだい? 俺と組まないかい? こう見えても冒険者なんだ。あんたみたいに強い相棒を探しに街へ行く途中だったんだ」
「うむ。それも面白いかもしれん。この斧を存分に役立てることができそうだ」
そうして、二人はともに街へ向かって歩き出しました。
やがて、くせ髭のドワーフはさらなる仲間にめぐりあい、数多くの危険と苦難を背中合わせに、立派な冒険者として面白おかしく暮らしましたとさ。
さて。金の斧と銀の斧を持っていった二人のドワーフは、というと。
それぞれ、斧を換金して手にいれた資金を元手にはじめた事業や商売が大当たりし、うなるほどの資産に囲まれた生活を送っているそうです。めでたしめでたし。