「右のポッケにゃ夢がある~、ってね」
そう言って、ジーンズについた左のポケットからガムを一枚だけ取り出して、銀紙ごと半分にちぎってくれた。
「ふぅん? 粒ガムの方が好きなんだけど」
「あ、わかってないなあ」
「なにがさ」
映画を観て、昼ご飯を食べて、ウィンドウショッピングのついでにちょっとおねだりして、コンビニスイーツでティータイム。いつものデートコース。
公園にやってきたわたしたちは、ぶらぶらと散歩がてら、座れる場所を探していた。
陽の眩しさも落ち着いて、青い空と白い雲のコントラストも柔らかい。この時間帯はとても好き。
「お、あっち空いてる! 場所とってくる」
小走りに駆けていく彼の後ろ姿。たしかに別のカップルの姿もあるけど、先を越されたら別の場所を探せばいいだけなんだけどな。でもまあ、彼のそういうトコは好きだった。
(あとはあの似合わない鞄を持つのをやめてくれたら、格好いいんだけどなあ)
駆け出す彼の動きに合わせて揺れる肩掛け鞄をみて、わたしは思う。
メガネが似合わない、モヒカン頭が似合わない、アロハシャツが似合わない、色々あると思うけど、彼は鞄を持つとひどく不格好なのだ。
それをわたしは何度か言うけど、「荷物があるからしかたない」って答える。
でも、荷物といっても、ハンカチやティッシュ、それに携帯くらいなのだ。
「それくらいだったらポケットでいいじゃない」
と、わたしの言葉を彼は聞かない。「ポケットは夢で一杯なんだ」って。「あとチューインガムでね」
わたしとしては、男の人には軽快なスタイルでいて欲しいんだけど。
ベンチに腰掛けていると、彼が身を寄せてくる。
「んもう、すぐに甘える」
ふと見れば、もたれかかって眠りに入るところだった。少しだけガッカリしながら、あることを思いついた。彼のポケットを確かめるのだ。携帯くらいは入るでしょ?
彼の左のポケットは、ガムが入っているのは知ってる。わたしは彼のジーンズの右のポケットに手をのばした。たしかに何かが入っていそうな雰囲気があった。
指でそっと広げて覗き込む。彼の寝息が首筋を撫でていくから、くすぐったくてたまらない。
ジーンズの薄くて狭いポケットに、ひとつの光景が広がっていた。
彼とわたしの二人が並んでキッチンに立っている。なにやら楽しそうに料理を作っている様子だった。
瞬きをすると、ポケットの中の場面が変わった。
今度は、見晴らしの良い道を疾走する車が見えた。運転席には彼の姿。助手席にはわたし。彼がいつも欲しいと言っていた車のような気がする。
宝くじが当たる夢。ハワイらしき浜辺に寝そべる夢。瞬きをするたびに、次々と新しい場面に変わっていく。それらすべてに自分の姿が一緒に映っていたことが嬉しかった。わたしは思わず彼の肩に腕を回して、ぎゅっと抱きしめていた。
それにしても。本当に夢を入れているとは……侮れない奴。