セレナーデ

 *  *  * 

 ある夜、男が愛する女の家を訪れて、彼女の部屋の窓の下に立つ。プロポーズのための歌を届けるためだ。

 低く伸びやかな歌声に気づいた女が、窓を開けて姿をあらわした。

 短いが情熱にあふれたセレナーデ。

 最後の一節を歌い終えた男が、もう一度、同じ歌を繰り返す。女が一緒に歌い始めれば、それはプロポーズを受ける証。

 しかし、歌声が重なることはなく、その代わりに一枚のハンケチがひらひらと舞った。身につけている物を投げてよこす、それは拒絶の証。

「私にはあなたに愛される資格なんてないわ」

 そう言って女は、窓辺によりかかるように泣き崩れてしまった。

「どうして? 僕はこんなにも君を愛しているし、君はそんなにも魅力にあふれた女性だ。資格がないだなんて言わないで、どうか僕と結婚してくれないか」

 部屋の明かりに向かって、ひざまづく、祈るような言葉にも、女はただ頭を振るだけである。

「いいえ、いいえ、あなたは決して私と結ばれていけないのよ……」

「そんなことはないさ! 君となら僕はどんな困難にも打ち勝ってみせる。君の望みも叶えてみせる。きっと幸せな家庭を築いていける。いったい僕たちの間にどんな障害があるというんだ」

 力強く自信をあらわす男に、目尻の涙をぬぐいながら女は言った。

「だって私、あなたの事をこれっぽっちも愛していないんですもの」。


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