ある夜、男が愛する女の家を訪れて、彼女の部屋の窓の下に立つ。プロポーズのための歌を届けるためだ。
低く伸びやかな歌声に気づいた女が、窓を開けて姿をあらわした。
短いが情熱にあふれたセレナーデ。
最後の一節を歌い終えた男が、もう一度、同じ歌を繰り返す。女が一緒に歌い始めれば、それはプロポーズを受ける証。
しかし、歌声が重なることはなく、その代わりに一枚のハンケチがひらひらと舞った。身につけている物を投げてよこす、それは拒絶の証。
「私にはあなたに愛される資格なんてないわ」
そう言って女は、窓辺によりかかるように泣き崩れてしまった。
「どうして? 僕はこんなにも君を愛しているし、君はそんなにも魅力にあふれた女性だ。資格がないだなんて言わないで、どうか僕と結婚してくれないか」
部屋の明かりに向かって、ひざまづく、祈るような言葉にも、女はただ頭を振るだけである。
「いいえ、いいえ、あなたは決して私と結ばれていけないのよ……」
「そんなことはないさ! 君となら僕はどんな困難にも打ち勝ってみせる。君の望みも叶えてみせる。きっと幸せな家庭を築いていける。いったい僕たちの間にどんな障害があるというんだ」
力強く自信をあらわす男に、目尻の涙をぬぐいながら女は言った。
「だって私、あなたの事をこれっぽっちも愛していないんですもの」。