みしっ、ぴしっ、と部屋の壁や柱が立てる音を聞いたことがあるだろうか。その家に宿る霊が走り回る音、家鳴りという。
ある晩のこと。一人暮らしをはじめたばかりの透子さんが眠っていると、ベランダのサッシが軋むような音を立てた。……と思う間もなく壁や床を踏み荒らすような音が続く。さらに、冷蔵庫は倒れ、クッションが舞い、横になっていた透子さんが踏まれた。
「なにっ? なにごとっ? 心霊現象っ?」
もはや家鳴りなどという生やさしい現象ではない。
飛び起きて、部屋の明かりを点けた透子さんの目に映ったのは、着物姿の小さな女の子が半泣きで走り回る姿。
彼女は黒い影に追われていた。
『キャーッ、キャーッ! ゴキブリいやあぁーっ! たすけてー!』
殺虫剤の匂いが充満し、さらにスリッパの音が響き渡る。女の子の姿は、いつの間にか消えていた。
透子さんはゴキブリの残骸を片づけて、明かりを消して、ベッドの中でゆっくりと眠った。
――夏の夜の出来事である。