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うらみの滝 04

04

「あんまり、名前ほど怖そうな雰囲気はありませんねえ。女中さんの幽霊も出てこないし……」

「当たり前じゃ、そのような怪奇な場所ではないと言ったじゃろう」

「それより、御師様。おなかが空きましたよ。お弁当にしませんか?」

 コトリがやや大げさに腹を押さえるような仕草をする。

「いやいや、昼にする前に見せたいものがあるんじゃよ」

 そう言ってサンスイが指さしたのは、滝壺をぐるりと回るように伸びる道だった。

「あそこを通れば滝の裏側に行くことができるんじゃ。そら、足下に気をつけてついてきなさい」

 濡れた岩がつながる道に向かうサンスイを追って、コトリも仕方なくといったようにそれについていく。滝に近づくにつれ、水音は大きくなり、吹きつける風の湿り気も増えているように感じられる。

「どうじゃ、これが裏見、裏から見る滝じゃ」

 もう手を伸ばせばすぐそこに、流れ落ちる水を受け止めることができそうなところに、先ほどの滝がその姿を見せていた。

「あ、恨みじゃなかったんですね」

 コトリにとっては滝を裏側から、それを間近に見るというのもはじめての経験だった。

 だがそれ以上に、その景色に心を奪われてしまった。

 流れる水の幕に透けて、今まで歩いてきた山と谷道の風景が見えるのだ。鮮やかに彩られた、さきほどまでの紅葉の景色が、にじみぼやけて、しかし幻想的な色合いを増して映っていた。それは、彼女が今までにみたどのような絵画にも劣らぬ美しさだった。

 うっとりと佇むコトリの横で、大きなくしゃみの音が響いた。

「御師様ぁ、せっかく気分出してたのにひどいです」

「いやいや、すまんのう。ちと冷えたようじゃ」

 サンスイが、さきほどしまい込んだローブを荷物から取り出すと、それを着ながら、さらにもう一度大きなくしゃみをした。

「御師様!」

「ふうむ。やはり、ここはさっきの場所よりも、ちと風が冷たいようじゃのう」

「御師様、それは当然ですよ。だってわたしたち、滝の裏にいますよ?」

「ふむ……?」

「滝を逆から見てるんですからね。キタから吹く風は、寒いのが当たり前です」

〈了〉


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