道は、浅い谷間を縫うように、右に左に川を横切りながら、上流へと遡っていく。
川の流れも、村で見せていたのとは違う表情で二人がいく道に寄り添っている。岩や倒木が造りだした大小様々な落差に、飛沫を上げて絶え間なく聞かせる水音。穏やかな水面に、にじんで映る山の斜面。
紅黄の絨毯を敷きつめたように、艶やかに色づいた木々の葉が秋の山模様を織りなしている。
「わぁ、綺麗ですねぇ、御師様」
景色に見とれて、コトリが思わず声を上げた。
「うむ。これぞ偉大なる自然の魔法じゃな」
二人は目を楽しませながら進んでいく。
谷の道は狭く、険しくなっていく。先には木の根が大きくせり出し、大きな岩が転がっており、行く手を遮るような急勾配が続いている。
コトリは、はじめのうちこそ他愛のない会話を弾ませていたが、だんだんと口数も減っていき、やがて荒い呼吸を繰り返すだけになっていた。
「御師様あ、ちょっと休ませてくださあい、もうだめです~」
すでに体を半分以上、杖に預けはじめていたコトリが力なく訴える。
前をみれば、師の影は大きく曲がる道の向こうに埋もれつつある。
「御師様~」
「なんじゃなんじゃ、だらしないのう。ほれ、滝はすぐそこじゃ。もうひと踏ん張りじゃよ」
弟子にそう呼びかけると立ち止まりもせず、ぷいと道の向こうへ消えるサンスイ。
コトリは力尽きたように、その場にへたり込んでしまう。しかしそれはつかの間で、彼女はすぐに立ち上がる。
「魔法使っちゃおっと」
素晴らしい思いつきだと言わんばかりに、にんまりと笑うと、コトリは素早く呪文を口紡いでいく。それと同時に、くるりくるりと舞うように動き回り、杖を振り掲げる。空中に文字を書くように、足の流れで魔法陣を描くように、魔法の儀式が進んでいく。
土塊からゴーレムを作り出す術だ。見習いとしての実力しかないため、師サンスイのものよりもはるかに下級の、短時間だけの魔法である。
道ばたの土が、小刻みに振動しながら徐々に盛りあがっていく、その時だった。
「こりゃ、コトリ。つまらぬことに魔法を使うものではないぞ」
コトリの耳元に、どこからともなくサンスイの声が響いた。びっくりしてあたりを見回すが、師の姿はない。
「お、御師様? ……だって、くたびれたんですもん。ちょっとくらいいいじゃないですかあ」
コトリが口をとがらせて言うと、見えない手に、とんがり帽子が軽く叩かれた。あわてて頭を押さえてももう遅い。
「よいか、苦労してこそ得られる喜びもあるんじゃ。魔法も使う機というものをわきまえねばならん。いらざるときに用いれば、よくない結果を生み出すもんじゃ」
厳しい口調のサンスイだったが、いくぶん穏やかさを帯びた言葉があとに続く。
「しかしまぁ、帰りには召喚獣の背に乗せてやろうかの。その代わり、今は自分の足を使うんじゃ。よいな?」
「はぁい」
見えない師に向かって返事をして、コトリは歩き出す。立ち止まっていたおかげで、少しは休憩になったようで、さきほどよりも足取りは軽い。
コトリがようやくサンスイに追いつくと、そのすぐ先に滝が見えた。
「あれが、うらみの滝じゃよ」
そこは、少し開けた場所になっていて、あたり一帯を水音が満たしている。
流れる水量もその落差も、大きな滝の激しい勢いはない。しかしそれでも、垂れ下がる水の幕は大人が両手を広げて二、三人並べるほどの幅があった。
そう深くはなさそうな滝壺に、水飛沫が舞い上がり、風に乗って漂っている。
「歩いたせいで身体もほっこり温まっとるわ、ちょうど良いあんばいじゃのう」
サンスイは、重ねて着ていたローブを一枚外しながら言った。コトリもワンピースの裾を手ではためかせて熱気を追い払う。
「ホントですね、御師様。涼しくて気持ちいいです」
「これ、みっともない真似をするもんじゃないわい」
たしなめるサンスイの言葉を聞き流しながら、コトリは滝の方へ首を向けた。
高く上った太陽の日射しを受けて、水面がきらきらと光の波を打っている。絶え間ない滝の水音と重なって、不思議と安らぐような場であると、コトリは感じた。