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うらみの滝 03

03

 道は、浅い谷間を縫うように、右に左に川を横切りながら、上流へと遡っていく。

 川の流れも、村で見せていたのとは違う表情で二人がいく道に寄り添っている。岩や倒木が造りだした大小様々な落差に、飛沫を上げて絶え間なく聞かせる水音。穏やかな水面に、にじんで映る山の斜面。

 紅黄の絨毯を敷きつめたように、艶やかに色づいた木々の葉が秋の山模様を織りなしている。

「わぁ、綺麗ですねぇ、御師様」

 景色に見とれて、コトリが思わず声を上げた。

「うむ。これぞ偉大なる自然の魔法じゃな」

 二人は目を楽しませながら進んでいく。

 谷の道は狭く、険しくなっていく。先には木の根が大きくせり出し、大きな岩が転がっており、行く手を遮るような急勾配が続いている。

 コトリは、はじめのうちこそ他愛のない会話を弾ませていたが、だんだんと口数も減っていき、やがて荒い呼吸を繰り返すだけになっていた。

「御師様あ、ちょっと休ませてくださあい、もうだめです~」

 すでに体を半分以上、杖に預けはじめていたコトリが力なく訴える。

 前をみれば、師の影は大きく曲がる道の向こうに埋もれつつある。

「御師様~」

「なんじゃなんじゃ、だらしないのう。ほれ、滝はすぐそこじゃ。もうひと踏ん張りじゃよ」

 弟子にそう呼びかけると立ち止まりもせず、ぷいと道の向こうへ消えるサンスイ。

 コトリは力尽きたように、その場にへたり込んでしまう。しかしそれはつかの間で、彼女はすぐに立ち上がる。

「魔法使っちゃおっと」

 素晴らしい思いつきだと言わんばかりに、にんまりと笑うと、コトリは素早く呪文を口紡いでいく。それと同時に、くるりくるりと舞うように動き回り、杖を振り掲げる。空中に文字を書くように、足の流れで魔法陣を描くように、魔法の儀式が進んでいく。

 土塊からゴーレムを作り出す術だ。見習いとしての実力しかないため、師サンスイのものよりもはるかに下級の、短時間だけの魔法である。

 道ばたの土が、小刻みに振動しながら徐々に盛りあがっていく、その時だった。

「こりゃ、コトリ。つまらぬことに魔法を使うものではないぞ」

 コトリの耳元に、どこからともなくサンスイの声が響いた。びっくりしてあたりを見回すが、師の姿はない。

「お、御師様? ……だって、くたびれたんですもん。ちょっとくらいいいじゃないですかあ」

 コトリが口をとがらせて言うと、見えない手に、とんがり帽子が軽く叩かれた。あわてて頭を押さえてももう遅い。

「よいか、苦労してこそ得られる喜びもあるんじゃ。魔法も使う機というものをわきまえねばならん。いらざるときに用いれば、よくない結果を生み出すもんじゃ」

 厳しい口調のサンスイだったが、いくぶん穏やかさを帯びた言葉があとに続く。

「しかしまぁ、帰りには召喚獣の背に乗せてやろうかの。その代わり、今は自分の足を使うんじゃ。よいな?」

「はぁい」

 見えない師に向かって返事をして、コトリは歩き出す。立ち止まっていたおかげで、少しは休憩になったようで、さきほどよりも足取りは軽い。

 コトリがようやくサンスイに追いつくと、そのすぐ先に滝が見えた。

「あれが、うらみの滝じゃよ」

 そこは、少し開けた場所になっていて、あたり一帯を水音が満たしている。

 流れる水量もその落差も、大きな滝の激しい勢いはない。しかしそれでも、垂れ下がる水の幕は大人が両手を広げて二、三人並べるほどの幅があった。

 そう深くはなさそうな滝壺に、水飛沫が舞い上がり、風に乗って漂っている。

「歩いたせいで身体もほっこり温まっとるわ、ちょうど良いあんばいじゃのう」

 サンスイは、重ねて着ていたローブを一枚外しながら言った。コトリもワンピースの裾を手ではためかせて熱気を追い払う。

「ホントですね、御師様。涼しくて気持ちいいです」

「これ、みっともない真似をするもんじゃないわい」

 たしなめるサンスイの言葉を聞き流しながら、コトリは滝の方へ首を向けた。

 高く上った太陽の日射しを受けて、水面がきらきらと光の波を打っている。絶え間ない滝の水音と重なって、不思議と安らぐような場であると、コトリは感じた。


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