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古代よりの秘宝 02

02

 暗く長い廊下をライクとパースリーは降りていく。

 ランタンの明かりが石積みの壁面を照らし、ゆらゆらと二つの影を描きだしている。

 遺跡の入り口である扉は、いくつもの魔法によって守られていた。

 幻影の魔法を無効化し、幻覚の魔法を解いたとき、はじめてそれがただの木製の扉だということがわかったのである。

 魔法で無理矢理こじ開け、復元の魔法によって再び閉じようとする扉に、魔力の流れを停止させる術を施したのだ。

「おい、大丈夫か? へばってんなら、休むか?」

 パースリーは息を切らしてる。連続して魔法を使うのは、かなり疲れる作業だった。

「大丈夫よ。あと二つか三つくらいならいけるし、それに、停止の魔法は一時的なものよ。三日もたてば、ほどけちゃうわ」

 だから休んでいるわけにもいかないのよ、と二人は探索を進めることにした。

 遺跡の中は、湿った空気に満たされているようだった。換気はされていないようだったが、有害なガスなどが溜まっている様子もない。危険なことといえば、罠と怪物の存在だろう。

 どちらも侵入者を撃退するために、たいていの建物に配置されている。

 もちろん、民家や公共施設だった建造物には、そういったこともないが。

 それでも、いかに強い罠や怪物を配置できるかを競っていた時期もあったそうで、なかなか油断はできないのである。

 最初に見つけた扉は、樫の木で造られた重厚な両開きのものだった。

「んー、罠……はねぇな。鍵は、っと。……ああ、これならついてないのも同然だな」

 ライクが鍵を破り、扉を開けると、そこは何の変哲もない普通の部屋だった。

 さほど広くはない部屋で、ソファーやテーブルなどの調度品がいくつかと、一枚の絵画が飾ってあるだけだった。

「応接間……かな? ろくなもんはねぇな」

「そうね、この遺跡自体も、住居に近い造りみたいだし。ルーエンの研究室か、工房だったら情報だけでも高値で売れるんだけどねぇ。……このテーブルでも持って帰る? けっこういい細工してるわよ」

 一応、パースリーは遺跡内部の見取り図を紙に記している。

 見取り図には、建物の構造の他に、ここで見つけたものを書き加えていく。

 こんなものでも、売ればいくらかの値がつく情報となる。

「冗談じゃねぇよ。それだったらあの絵でも持って帰ったほうがマシだぜ。けどな、俺はもっとこう、遺跡に潜ったからには! っていうような、うなるようなお宝が欲しいんだよ」

 付与魔術師ルーエンといえば、その名が刻まれた短剣ひとつで家を一軒買えるだけの値がつく。

 もちろんルーエンの品は売るだけでなく、身につけているだけでも損のない品だ。

 もし、魔法の武具を見つける事が出来れば、それはこれからの冒険に役に立つだろう。

「さて、次の部屋へ移るか」

 二つめの部屋は、通路を折れ曲がってすぐの所にあり、扉はなかった。さらに今度は調度品の類もない。

 その代わり、天井に数体の巨大な蜘蛛が張りついていた。

 蜘蛛は、さっきよりもはるかに広い部屋の一角に、真っ白な巣をつくっていた。こうして、獲物の来訪を待ち受けていたのだろう。

「げっ、どっから入り込んだんだよ!」

 二人の侵入者に気づいたのか、全部で四匹の蜘蛛は、それぞれの巣からぞろぞろと這い出してきた。そのどれもが人間に近いサイズだった。球体のような目玉に、ライクの姿が映りこんでいる。

「魔獣ね。生き物だけど、古代魔法でもわりとよくある召還獣よ」

 とにかく、襲ってきた以上は倒すしかないようだ。ライクは剣を抜き放ち、一番近くにいた蜘蛛に向かって切りつける。しかし蜘蛛の体は思いのほか固く、かすり傷を与えるだけにとどまった。

 反撃とばかりに、蜘蛛は前足を振り回し、そして噛みついてくる。

 戦士としても腕のたつライクにとっては単純すぎる攻撃だ。しかし、それも四匹同時となると、十分に脅威である。

 たちまちのうちに、部屋の入り口付近で防戦する一方となった。

「パースリー! 早く早く早くっ! なんか魔法使えっ!」

 魔法というものはそれほど簡単にかけられるものではない。

 呪文や身振りなどといった、所定の手続きが必要になるし、今のパースリーのように疲れが著しいときには失敗することもある。

 だから、蜘蛛への攻撃をライクに任せていたのは、魔法をかけるのに十分なくらい気を高めるためだった。

 パースリーは、高らかに呪文を詠唱し、杖を振り回す。

 呪文は、麻痺する空気を生み出す魔法だ。魔法の空気は、生き物の体にまとわりついて、その自由を奪ってしまう。

 しばらくして、蜘蛛たちの動きが鈍くなっていき、やがて完全に硬直した。

 ライクは蜘蛛の一匹を蹴っ飛ばしてみたが、転がっただけで反応すらしなかった。

「あら? とどめは刺さないの?」

「無益な殺生はしないタチなんでな。俺達の邪魔さえしなけりゃ、それで十分だろ」

「ふうん。優しいんだね。あたしだったら、火球の魔法で焼き払っちゃうけどねぇ」

 二人は再び探索に戻ることにした。

 パースリーは、見取り図に蜘蛛の巣あり、と書き加えることを忘れなかった。

 もしも今度来たとき、魔力が十分に残っていたら焼き払ってやろうと思いながら。


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